ドーナツ

「お前、ドーナツは飯じゃねえだろ」

影山が、大きなカツ丼と水の入った紙コップが乗ったトレーを抱えて、席に戻ってきた。

好きだとか嫌いだとか、そういう純粋な気持ちだけで人間関係を決められるなら、どんなに楽だろうと思う。好きな人とだけ話をして、嫌いな人を無視するのは、そうしたいのは山々ではあるが、集団で生活するのに向かない気がしている。僕はこのような暗黙のルールに縛られているため、影山とだって会話する。

「フードコートは好きなものがバラバラだと便利だよね。王様もう一生ドーナツ食うなよ」
「あ? なんでそうなるんだよ」
「ドーナツは飯じゃないんでしょ」

正直、僕にとって影山は、好きでも嫌いでもない、と言い切るには、感情が大きすぎる。僕は影山を「嫌い」なのだと思っていたが、決めつけているだけなのかもしれないと、ときどき考える。授業中、黒板から目を逸らして窓の外を眺めながら。部室に向かう途中の騒がしい廊下で。コートの中で目が合うたびに。喧嘩しているわけでもないのに、まともに会話しない日もある。そういう日は、あのタイミングで話しかけたらうまく会話できたかもしれないと、想像する。後悔とも呼ぶかもしれない。確かにうまくいったかもしれないが、喧嘩に発展したかもしれないし、別に、これで良かったのだと、自身を言いくるめる。

「どういう意味だよ」
「お昼ご飯にドーナツ食べる人を否定するなって言ったの」
「おやつならいいだろ」
「影山におやつの時間なんてないから。全部本気でご飯食べてるじゃん」

僕と影山はよく「仲が悪い」と評される。仲が悪いことがチームの雰囲気を乱すことはないし、これがいつも通りだとも思われている。影山とベタベタと馴れ合う関係になる気は確かにないが、他人に仲が悪いと言われていても、僕自身影山とのやりとりに居心地の悪さはあまり感じていない。イライラするし、ムカつくけど、チームメイトになってからは、影山の正しさを、影山を傷つける目的でねじ伏せようとしたことはない。会ったばかりの頃はただの嫌な奴と思っていたけど、今は違う。

「ぐ……でもドーナツはたまには食うからな」
「カツ丼冷めるよ」

僕は影山に感情を揺さぶられるのが結構好きなのかもしれない。これって、本当に「嫌い」なのだろうか。こいつが自分の内側に入り込んでくるのが、怖くてたまらないだけなんじゃないか。

「僕たち会話するといつの間にか言い合いになるけどさ」
「そうだな」
「今日、なんで来たの、嫌がりもしないで」

僕は昨日の夜、休日のショッピングモールに影山を誘った。もし嫌がられたら、まあそうだろうなと思うだけだっただろうし、一緒に行けたら、今考えていることを話そうと思った。対面で誘える自信がなかったから、メールにした。

「お前が誘ったんだろうが」
「そうだけど、ダメもとだったよ。嫌がると思った」
「それは」

影山は無言で卵をまとったカツをかじった。何か思うところでもあるのか。影山が僕とふたりで出かけるなんて、他の部員が知ったら何かの病気になったかと心配されることだろう。


メールを送ったのは遅い時間だったが、返事はすぐに来た。

『明日シューズとか見に行きたいんだけど一緒に行かない?』
『行く 午前は髪切るから十一時に駅行ける』
『それでいいよ。また明日』


影山は、どう言おうか迷っているようだった。オフで時間が空いていたから、断る理由が特になかったとか、そんなところか。

「お前がどうしてもって言うから」
「言ってないから」
「たまたま俺も買うものがあったんだよ」
「何買うか迷った挙句靴下しか買ってないじゃん」

僕は影山からどんな言葉を引き出したいんだろう。

「別に、なんだっていいだろ」
「理由はない、って答えてたら、この会話終わってたけどね」
「俺は」
「何」

「月島の気持ちが全然分かってないわけじゃない」
「え?」
「食ったら話す」

僕は、ご飯を食べ終わったら影山に告白しようと思っていた。これは昨晩から決めていたことだった。
影山に先手を取られ、ドーナツを持ったまま固まってしまった。ばれている。

観念した僕は、砂糖まみれのドーナツを一気にほおばった。口元にクリームをつけた僕を見て、影山は笑った。

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