清濁

『ヤリモクOK。タイプは背が高い人。よかったらメール待ってます』

掲示板に短文と、マスクをしてカメラから目線を外した自分の顔写真を投稿してから、一日でかなりの人数からメールが来た。身長を数字で載せてくれる人が多くて助かった。顔の好みは特にないが、自分より身長が低い人には返信しないようにした。写真を何枚も見て選んだひとりは、丸い眼鏡をかけていた。

検索からたどり着いた掲示板に初めて書き込みしたときは、写真を貼るのがどうにも恥ずかしく、帽子を深くかぶって顔が見えないように撮った。一回目は誰もメールをくれなかったので、二回目は書き込んだ文章が丁寧にみえるよう、周りのものを参考に工夫した。ひとりからメールが来たので会ってみたが、俺よりも身長が低く、向こうもやる気を削がれたようで、気まずくなって解散した。それ以降も何度も出会いを重ねて、やはり自分より身長が高い方が好みなことと、セックスだけが目的の人を探すほうが後々楽であることに気がついた。自分の写真を撮る技術も上がって、もう相手に困ることは無くなった。

眼鏡の彼に会うために徒歩で駅に向かう途中、自転車に乗った月島に会った。かなり焦った。平常心を保とうとして「驚かすな」と怒鳴った。

「王様も電車乗るんだ」

後ろから名前を呼ばれ、隣に並んできた。

「乗るだろ、電車くらい」
「何怒ってんの」

このままこいつと話し続けているとボロが出かねない。こんなことをしているなんて、家族にも先生にも、お前にも、誰にも言えない。

「別に怒ってねえよ。びっくりしただけだ。じゃあな」
「あ、うん」

何か聞きたそうな月島との会話を断ち切って事なきを得たが、電車に乗っている間ずっと気分がモヤモヤしていた。自分が月島に対して、とても悪いことをしたような気がしてしまう。


「こんにちは」

背が高い。身長は189とメールにあったが詐称はしていないようだ。痩せているが、心配になるほどではない。思ったより色白で、髪は短く整っている。清潔感があり、この人はけっこう、良いなと思った。なぜか、さっき会った月島のことを思い出した。あいつとのやりとりは、今日はもう思い出したくない。何もかも忘れてどろどろになって眠りたい。

「影山です」
「写真より幼く見えるね、あ、シナノです。行きましょうか」

いつも高校生だとバレるのが嫌で年齢を隠しているが、この人は気づいていて、触れないようにしている雰囲気だ。かなりありがたい。もう説教は聞き飽きている。

これまでの経験から自分は感じやすい方だとは思っていたが、声が枯れるまで喘がされたのは初めてだった。相手が上手なのか、相性が良かったのか、とにかく、うっかり恋に落ちてしまうくらい、良かった。
俺が絶頂を迎えるたびにキスをしてくれる人だった。いや、毎回キスでイかされたのか。どちらかわからない。あの脳みそごとかき混ぜられているような感覚はハマったら抜け出せなくなりそうだ。キスの後、眼鏡の奥でにこりと微笑んだ表情に切なくなった。この人は、恋人じゃない人間にも、平気でこういうことができる人だ。
痛かったり、辛かったり、そういう激しいセックスではなかった。彼の、繊細なものに触れるような手つきや、ひとつひとつの動きに少しの物足りなさを残しながら進められる行為に夢中になった。そのせいか、いつもより少しだけ積極的になれた夜だった。

「ヘトヘトでしょ。ごめんね、可愛くてやりすぎちゃったかも。ちゃんと帰れますか」
「大丈夫です」

喉から自分の声ではない声が出た。べとべとの身体をなんとか洗い、ベッドに沈んで動けなくなっている俺の頭をずっと撫でている彼は、まだ元気そうだ。触り方がすごく上手なだけで、消費する体力はそこまででもないのか、いや、でも、この人も二回くらい射精していたし、疲れているはずだ。その細長い身体のどこに体力を蓄えているのか聞きたかったがやめた。頭皮に指が触れる感覚が心地よい。最後にもう一度だけキスしてほしいと、まるで恋人に抱くような欲が出た。強請るために身体を起こそうとしたが動かない。
俺の少しのアクションから気分を汲み取ったのか、立てた肘を解いて目線を合わせてから、キスをして抱きしめてくれた。

「可愛い」

そんなふうに囁かれたら、愛されていると錯覚してしまう。自分のものではないのに、誰にも取られたくない。今のこの気持ちは興奮からくる一時的なものだろうか。伝えたら、困らせてしまうだろうか。

「シナノさん」
「名前、覚えてくれて嬉しい。どうしたの」
「すげえ良かったです、もう他の奴抱くなって言いたいくらい」
「好きになっちゃった?」
「た、ぶん」
「そっか、そっか」

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